スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

感謝の気持ち

看板業を営み、報酬を一晩で使い切るほどの酒飲み。
海兵として戦争を体験し、所属部隊が壊滅的打撃を受けたが、偶然にもその1週間前に異動を命じられて出動せずにすんだ。

終戦後、故郷大阪で結婚。「当時にしては珍しい恋愛結婚だ」が口癖。
もともと体の弱かった妻に「大阪の空気は悪すぎる」と言って北海道に移住する極端な性格。

2人の子供を授かりそれなりに幸せな家庭を築くも、若くして妻を亡くし絶望を味わう。
やがて長男は就職のため、遠く愛知へと旅立っていき、娘も結婚をし、娘家族と共に暮らすようになる。

電車で日本中を旅しながら、愛知に立ち寄り孫の顔を見て帰る。

生涯現役を貫き、70歳で通信制の大学に入学、経営学部を卒業。
経営学部を卒業後、法学部へ再度入学。

自転車で転倒し頭を強打、入院中にボケの症状が見られるも「孫と約束をしたから」と、脅威の回復力で克服。
愛知万博開催の際には「約束どおり会いに来た」と言って万博を鑑賞。
歳とともに足腰が弱りまともに歩くことも困難となってしまったが、孫の結婚式には車椅子で参列。


心臓を患い、ここ数年入退院を繰り返していた爺ちゃんが、4月に再び倒れました。
病名は末期の肺ガンでした。
今すぐどうというわけではないけれど、覚悟はしておくようにと言われました。

8月に爺ちゃんに会いに行こうと計画を立てていたのですが、今週の日曜日、容態が急変したと連絡がありました。
そして7月25日午前10時30分、爺ちゃんは90年の人生を終えました。



こういうことをネット上に書くことはどうかと迷いましたが、爺ちゃんの足跡を残したいと思い、自分の書きたいことを書こうと決めました。
はじめての「真面目」カテゴリが人の死となってしまったことは非常に残念ですが、初めて直面した身内の死に色々と考えさせられました。
そして、爺ちゃんの死を通じて気付かされたこと、学んだことも沢山あります。
死してなお人を成長させる爺ちゃんに感服です。


大正・昭和・平成と波乱万丈の人生を送った爺ちゃん。
あなたは俺の誇りです。会いにいけなくてごめんなさい。大好きでした。
90年間お疲れ様でした。

ありがとうございました。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

リンク
検索フォーム
カウンター
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。